2004年度秋季研究会報告要旨


地域資源としてのエゾシカの最適管理

河田幸視 (京都大学)

要 旨

 近年,野生動物と人間との軋轢が各地で重大な問題を発生させている.こうした中で,20034月には「新鳥獣法」が施行され,自治体は「特定鳥獣保護管理計画」を策定して科学的・計画的管理を進めている.しかし,この管理計画は,しばしば経済学的知見に基づいた管理となっていない.さらに,わが国では野生動物の多くが地域資源として認識されず,農林業被害等をもたらす害獣の側面ばかりが強調された管理に陥いりがちであるという問題がある.本報告は,こうした現状を踏まえて,地域資源として野生動物を認識し,経済学的な検討を加えた場合に,現状の管理は適当なものであるかを,北海道で甚大な被害を発生させているエゾシカを事例として検討するものである.

 具体的には,エゾシカが発生させる林業被害とエゾシカの肉(ベニソン)が潜在的に有する価値の両方を考慮した場合に,現状の管理水準が妥当なものであるかを,資源経済学的モデルを構築し,検討する.

 本報告で示される主要な結果は,次の通りである.従来の欧米での野生動物管理では,環境容量の半分以上の資源量を維持することがしばしば管理目標となっている.これに対し,エゾシカの場合には,被害を受ける樹木の価値が高いため,環境容量の半分以下で管理することが適切という結果が得られ,現状の管理水準を追認するものとなった.また,価格の変化に関係なく一定の持続的資源量水準を達成できる水準が存在し,かつ,それよりも高い資源量水準で管理する場合は,利子率や野生動物の価格の変化次第では大幅な管理基準の変更が余儀なくされうるという結果が得られた.


輸入主導型経済成長―韓国製造業の全要素生産性(TFP)決定要因分析―

樋口倫生 (農林水産政策研究所)

要 旨

 本報告の目的は、TFP成長の観点から、韓国製造業部門 (197097) の技術進歩のパターンと決定要因を計量的に検討することにある。TFPに影響を与える要因として、産業構造、貿易、経済制度、さらに社会的・文化的慣習等を挙げることができるが、本報告では、既存実証研究において、輸入によって可能となる技術進歩の効果の分析が欠如している点を考慮し、「輸入を通じて海外技術の移転・普及が促進され、TFP成長が上昇する」という仮説を立て、その妥当性を実証的に検証する。

 実証分析を通じて得られた結論を要約すると以下のようである。まず第一に、輸入の成長率はTFP成長に対してプラスのインパクトを与えていることが確認され、先ほど述べた仮説を支持する結果が得られた。第二に、受け入れ国の技術吸収能力を考慮したモデルにより、研究開発投資費の高い部門で、輸入の効果が大きくなることが確かめられた。第三に、197090年について輸入とTFP成長の相関を調べると、197097年までの場合よりも、係数の値が大きく、有意水準も高いことが検証された。以上の分析結果から、供給側から見ると、韓国の経済成長は輸入主導型であったことが明らかになった。


Farm Productivity and Political Relations: Determinants of Crop Choices in Myanmar

Takashi Kurosaki (Hitotsubashi University)

Abstract

    Myanmar's agricultural economy is under transition from a planned to a market system. However, the economy does not seem to capture full gains of productivity growth expected from such a transition. This could be attributable to the country's unique attempt to preserve a policy of intervention in land transactions and marketing institutions. A sample household survey conducted in 2001, covering more than 500 households in eight villages with diverse agro-ecological environments, revealed a paradoxical situation that farmers and villages that emphasize a paddy-based, irrigated cropping system have lower farming incomes than those that do not. To explain the situation, this paper develops an agency model of crop choice between a farmer (the agent) who decides on the acreage to be assigned to paddy crops and a local administrator (the principal) who can enforce paddy procurement but can affect the farmer's cropping decisions only imperfectly. Implications of the theoretical model are tested using the household data. Estimation results are consistent with the theoretical implications: the land share of non-lucrative paddy is higher for farmers who are under tighter control of the local authorities and who have less options other than paddy farming.


村請制の経済理論

有本寛 (東京大学)

要 旨

 村請制は,徳川期に採用された課徴税制度であり,平均的な生産力である石高に応じて,年貢を個人ではなく村に課税し,その納税について村全体に連帯責任を負わせるものである.本稿は,契約理論に基づいた村請制の経済理論を提示し,村請制のもとで年貢完納を志向する「村の論理」と私的な利得を追求する個別農家の「個の論理」との対立と調和における村請制の意義を検討する.

 われわれは,まず,幕府や藩などの領主の主要な関心が「いかに効率的に最大限の年貢を徴収するか」という経済的な最大化問題にあると考え,「個の論理」を「耕作不精」というモラル・ハザードの観点からとらえながら,契約理論に基づいた村請制の経済理論を提示する.次に,この理論的な枠組みのなかで,徴租法の選択と課税単位の問題を通して,村請制の持つ経済的な意義を演繹的に分析する.最後に,この演繹的な推論と結論を先行研究に基づいて実証的に検証し,個別事例から村請制と村の自治機能,および村落規制の形成・発展の関連について帰納的な検討を加えることを試みる.

 本稿の主要な論点は,次の3点である.第一に,領主にとって,村請制の採用が徴租法と課税単位の観点から合理的であるためには,農村において「個の論理」の暴走を制御し得る自治機能と村落規制を維持できることが要求されることを経済理論に基づいて演繹的に導く.第二に,先行研究による事例を検討し,このような制裁機構を実際に一部の村で見出すことができることを確認する.第三に,史実からの帰納を行うことにより,村請制が村の自治機能の形成・発達を促し,さまざまな村落規制を誘発させたという仮説を提示し,近世村落における「規制の重層性」と「責任主体の重層性」の存在を指摘する.


規模の外部不経済性があるときの公営企業の最適料金制と消費者の市場参加

武藤幸雄 (京都大学)

要 旨

 本稿では,自然独占の状態にある公営企業がある財を多数の消費者に供給する状況を考察対象にする.ここでは,公営企業の長期費用は,需要家費と生産費に分けられる.需要家費は,公営企業から財を購入する消費者の数に直接に連動して大きさが変わる費用部分で,生産費は,財供給量の規模に直接に連動して大きさが変わる費用部分である.規模の外部不経済性の存在のために,公営企業の平均生産費(供給量あたりの生産費)は逓増する可能性がある.例えば,ある地域の水道事業で,当初,付近の河川を水源として用い,その後,増大する水需要を満たすために,遠方の山間部に費用が嵩むダムを建設して水源に利用しなければならない場合,水供給の平均生産費は逓増し易い.

 本稿では,損益分岐制約を満たしながら消費者の厚生の最大化を目指す公営企業にとって,どのような形態の料金制が最適になるかを分析する.分析の際には,(i) 公営企業の需要家費は財を購入する消費者の 数に比例すること,(ii) 平均需要家費が高くて,最適状態では一部の消費者が財の購入を選択しなくなること,(iii) 規模の外部不経済性の存在のために,最適状態では平均生産費が逓増することを仮定する.

 分析によって得られた結果は以下の通りである.消費者の需要と所得の限界効用が独立な場合,限界価格が常に逓増して限界生産費(供給量が追加的に一単位増えたときの生産費の増分)に収束するような非線形料金制度が,上の目的・制約を持つ公営企業にとって一般に最適になる.また,需要の大きな消費者ほど所得の限界効用が低くなり易い場合,購入水準が小さいときに限界価格を限界生産費よりも低く設定し,購入水準が大きいときに限界価格を限界生産費よりも高く引き上げる非線形料金制度が,一般に最適になる.

 比較静学分析より,生産費が最適供給量の大きさに依らず一定額だけ低下すると,最適料金制の限界価格スケジュールが下方シフトすることが本稿では示される.また,需要と所得の限界効用の間の相関係数が負の値を取りながら低下すると,購入水準が小さいときの最適な限界価格が低下する一方で,購入水準が大きいときの最適な限界価格が上昇することが示される.


カンボジア農村における協調行動と交換労働に関する考察

若林剛志 (東京大学)

要 旨

 本報告は、農村という共同体の中で行われる協調行動のしくみについて論じたものである。このしくみについて、共分散構造分析を用いて考察した。考察の対象となったのは、カンボジア南部の農村である。カンボジア南部では交換労働を代表とする村落単位での協調的な行動が見られる。

 協調行動のしくみについては、何が協調行動を生じさせるのかに焦点が当てられる。結果として、信頼関係など様々な要因が協調行動を生じさせ、特に満足感が大きな影響を与えており、過去に受けた恩恵などが協調行動を生じさせている可能性が示唆された。

 また、協調行動を生じさせる要因は何かという社会資本的な考え方とともに、協調行動をとった時に、どのような効果が得られるのかという協調行動のフィードバック機能についても検討した。結果、協調行動をとることで得られる満足感、特に生計の維持などへの影響が大きかった。


通貨危機後のインドネシアにおける高金利政策と地域間所得格差―「金融政策の波及経路」による検証―

中村和敏 (長崎県立大学)

要 旨

 スハルトの開発独裁体制の下でインドネシアは順調な経済成長を遂げてきたが、1997年に発生した通貨危機によって大きなマイナス成長に陥り、1998年のGDP成長率は−13.1%を記録した。しかしながら、危機の影響はインドネシア全域で一様なものではなく、地域間における跛行性が観察されている。特に−16.1%の落ち込みを記録したジャワ地域と−2.8%の外島地域(ジャワ地域以外のインドネシアを指す呼称)の成長率格差は大きなものとなっている。

 独立以来、インドネシアでは地域間における経済格差の是正が重要な政策課題となってきた。そのため、これまで様々な方策が採られてきたが、その成果はあまり上がっていないのが実情である。したがって、危機の影響の地域による差異を生じさせた要因を解明することは、地域間格差を縮小させるための政策立案に対して、有益な情報を提供すると考えられる。

 これまでの研究では、地域間の産業構造の相違が、経済危機の影響の地域間における跛行性をもたらした原因とされていた。ところが、実際には、いずれの産業についても地域間での跛行性が観察されており、産業構造の差異以外の要因が作用していると考えられる。

 本研究では、1998年を前後して、IMFのコンディショナリティに基づく高金利政策が地域間の跛行性をもたらした可能性があるとして、近年盛んに研究のなされている「金融政策の波及経路」という観点から考察を行った。その結果、インドネシア全体について見ると、IS-LM分析で想定されているような実質金利に基づく金利チャネルと呼ばれる経路よりも、銀行貸出量や名目金利が重要な役割を果たす信用チャネルと呼ばれる経路の方が、実物経済に大きな影響を与えていたことが定性的に明らかにされた。

 この信用チャネルを重視するクレジット・ビューという見方においては、銀行貸出への依存度が高いほど、金融政策の効果がより大きなものになることが知られている。したがって、銀行貸出への依存度がより高い地域、すなわちジャワ地域の方が、高金利政策の影響を強く受けた可能性がある。そこで、州レベルのデータに基づく計量分析によって検証したところ、この仮説を支持する結果を得ることができた。また、経済危機の影響は、外貨建て借入依存度が高い州ほど深刻化し、危機下でも好調であった農業部門のシェアが高いほど軽減される傾向があったことも確認できた。


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