田中正光 (日本リサーチ総研)
森宏
稲葉敏夫
石橋喜美子
要 旨
食料消費の分析を行う場合,われわれは個人の年齢とコウホートの存在が無視できない要因と考えている.特に,戦後食料消費に大きな変革を来たし,さらに人口の高年齢化が急速に進展する我が国の現状を見るならばなおさらの感が強い.
ここでは,分析対象を家計内における「清酒とビール」におき,データを『家計調査』からとっている.また,分析用具として「コウホート分析」を用いている.なお,コウホート分析に用いるデータは個人としてのデータが基本であるため,森と稲葉が考案した「森・稲葉モデル」を用いて,世帯主年齢階級データから個人年齢階級別データを求める.
コウホート分析と人口の将来予測から求めた清酒とビールの予測は,清酒が将来的にも低下傾向を示すが,ビールはほぼ横這いである.
藤栄剛 (農林水産政策研究所)
要 旨
近年,新規就農者数は増加傾向にある.新規就農者は@非農家出身の子弟とA農家出身の子弟に大別でき,一般に@は新規参入者と呼ばれる.新規参入者は,農業に参入し,定着に至るまでに,3つの段階を経験することになる.第1段階は,就農準備段階である.第2段階は,就農後の創業段階である.第3段階は,自立可能な農業所得を確保する自立段階である.第1段階から第2段階への移行,つまり就農の際には,新規参入者は農地・定住地の探索,資金の準備,農業技術の習得を行う.第2段階から第3段階への移行,つまり自立化には新規参入者の人的資本蓄積,就農支援制度の利用などが関与すると考えられる.
そこで,本報告では新規参入者の就農行動と自立化行動を考察する.まず,各段階で生じる課題を整理するとともに,そこで導出された仮説に基づき,就農準備段階ならびに自立段階における新規参入者の定性的特徴を明らかにする.そして,明らかにされた定性的特徴をもとに,新規参入者の就農行動ならびに自立化行動モデルを構築し,モデルから導出された関数の推定を行う.推定に際しては,Tobit ModelならびにProportional Hazard Modelが適用される.
その結果,得られた結論は次の2点である.1点目は,新規参入者の就農行動は就農地・居住地のサーチコストや資金保有状態に影響される.2点目は,新規参入者の自立化は人的資本蓄積,資金制約ならびに本人の嗜好・価値観に影響される.人的資本蓄積の役割を果たす研修制度や資金制約緩和の役割を果たす融資制度は,自立化の促進に寄与している.
竹下広宣 (京都大学)
要 旨
2001年9月,日本でBSEを疑われる牛がはじめて発見されたことにより,消費者は牛肉の安全性に対して大きな不安を抱き,牛肉消費を激減させた.政府はこの事態に対処するために,2001年10月18日から,食用として処理されるすべての牛を対象としたBSE検査いわゆる全頭検査をはじめとするBSE対策を実施している.これらの対策の有用性を検証することは,今後BSEと同様の食品安全問題が発生したときの施策のあり方を考える上で重要であるが,適切に評価を行うためには,安全性確保の観点からだけではなく,消費者の便益と対策にかかる費用を勘案する必要がある.そこで本報告ではBSE対策の評価に資することを目的として,BSE発生によってもたらされた厚生効果の計測を可能とする理論的枠組みを提示し,実際に計測を試みる.
分析に際しては,次の二つに取り組むことにした.一つは,2001年9月までに現在のようなBSE対策を施していた場合に回避できたと考えられる厚生損失や,現在のBSE対策が実施されていることによって回避されたと考えられる厚生損失の計測を行うことである.もう一つは,2001年9月からこれまでに,BSEと診断される牛が新たに発生することによって生じた厚生変化を計測することである.
古家淳 (国際農林水産業研究センター)
要 旨
ガーナでは近年コメの消費量の増加が著しい.これは食生活の近代化によりフーフーなどの伝統食から,調理に時間のかからないピラフなどを消費者が好むようになったためである.このような急激なコメ消費の拡大はコメ生産の拡大を導いたが,生産が追いつかず,不足した供給量を輸入により賄うこととなり,1980年代では輸入量は8万9千トンであったが1990年代には20万5千トンへと大きく増加した.
ガーナでのコメ輸入増加は生産拡大の遅れがその一因であるが,その要因として低迷する生産者価格が上げられる.もし精米技術が低ければ精米の品質が輸入米のそれよりも低くなり,また,精米所の経済的な効率が低ければ精米費用が高くなり,国産米に価格面で競争力が備わらないことになる.
精米業の稼働率を基準とする効率性を検討するため,内陸に位置するクマシ市周辺においてランダムに選択された61の精米業者を対象に,精米所所有者の属性や労働時間,賃金,精米手数料,処理量などを2002年に調査し,そのデータを基に経済的に最適な基準に基づく稼働率の計算を行った.
調査により,大型の精米機を所有する精米業者の多くが,農家へ籾米搬入を条件に無利子で融資を行っていることを見いだした.融資を行うことにより精米業者の稼働率がどの程度上昇するのか,短期費用関数の計測により明らかにした.この際に,自己選択バイアスを考慮したモデルとし,稼働率の指標にCapacity Utilizationを用いた.
融資により,稼働率が24%上昇することが明らかとなった.今後,精米業に大規模化の進展が見込まれるが,その能力を使い切れない場合に非効率となる可能性がある.稼働率向上のために精米業者が農家に融資を行うことは農家に資金需要がある限り望ましいことではあるが,同時に金融市場の不完全性を意味する.稼働率の季節変動を緩和するための貯蔵施設や,籾米需要に関する情報を迅速に伝えるシステムなどの整備が望まれる.
The Impact of Productive Asset Loss on Household Behavior: Evidence from Rural Bangladesh
Masahiro Shoji (University of Tokyo)
Abstract
This paper aims to reveal the risk coping strategy choice among agricultural households who face the various shocks, and to show the impact of the loss of productive assets such as the livestock on households' behavior.
Estimation results revealed that households with large landholding can repurchase the livestock in the face of the livestock loss. The landless or small landholding households, however, fail to accumulate the productive asset enough, implying the decrease of future agricultural income. We showed that the difference of investment level among households is caused by the borrowing constraint. The set of results indicates that the credit constraint can worsen the economic disparity among households.
A Generalized Quadratic Logarithmic Inverse Demand System
Toshinobu Matsuda (Tottori University)
Abstract
This paper defines rank
of inverse demand systems and proposes a new flexible rank-three model, where expenditure
shares are quadratic in the logarithm of scale. Not only having a relatively simple
functional form but nesting five flexible models, including all known logarithmic ones,
our model is likely to be useful in empirical model specification. The results of an
empirical illustration given for Japanese fresh food demand suggest that the rank-three
models are preferable to the rank-two ones, and that the two nested rank-three models are
almost equal to each other in terms of explanatory power, model adequacy, and flexibility
estimates.
Keywords: Rank of inverse demand systems; Flexible functional form; Almost ideal;
Translog; Nested test
Takahiro Nakashima (National Agricultural Research Center for Western Region)
Abstract
This paper
reinvestigates the simplification of the structural estimation model for Sandmo's (1971)
theory of the firm by means of the mean-standard deviation framework, under Sinn (1983)
and Meyer's (1987) location and scale parameter condition. The linear model presented in
this paper includes Nakashima's (2002) model as a special case. In addition, the
functional specifications of the mean-standard deviation framework are considered under
this condition. A slightly extended version of the linear mean-variance model, which is
used in this paper, is specified under constant absolute risk aversion, and the serious
problem noted by Saha (1997), of there being a "flexible" functional form, is
corrected. Furthermore, the functional properties of the model, which must be satisfied in
the case of decreasing absolute risk aversion, are investigated.
Keywords: location and scale parameter condition, structural estimation, simplification,
risk aversion, competitive firm, price uncertainty
前田幸嗣 (九州大学)
要 旨
産業組織論においては,双方寡占市場の均衡メカニズムが十分に解明されてはおらず,現実の市場が双方寡占的であっても,一方寡占(寡占ないし需要寡占)が仮定される場合が多い.たとえ双方寡占が仮定される場合でも,寡占市場の均衡解と需要寡占市場の均衡解から得られる加重平均の集合に双方寡占市場の均衡解が含まれると説明されるにとどまり,そのウェイトが内生的にいかに決定されるかは明らかでない.
本報告では,ヒックスや森嶋と同様に,異なる価格決定方式にしたがって市場が二分される伸縮価格−固定価格混合経済を前提とすることにより,双方寡占市場の均衡モデルを展開する.モデルの主要な前提条件は以下のとおりである.
なお,農産物や天然資源といった原材料は,一般的に,伸縮価格法によってその価格が決定されるという特徴に加え,異なる立地条件の下,空間的に隔離された産地によって生産が行われるという特徴をもち,輸送が重要となる.したがって,本報告では,双方寡占市場の均衡モデルを空間均衡モデルとして多地域にわたって定式化し,数値例を利用して,その均衡解を求める.