2006年度春季研究会報告要旨


Collective Action for Local Commons Management:
Hypotheses from Evolutionary Game Theory and Empirical Evidence

伊藤順一 (農林水産政策研究所)

Abstract

    The major objectives of this paper are to present hypotheses regarding collective action for irrigation management and to verify them empirically depending on data collected by the author in rural Yunnan, China. It turns out that the evolutionary game theory combined with the principle of local commons management is very useful for this purpose. An econometric analysis corroborates the hypotheses by showing that collective action will be forthcoming in a rural community where few non-farm job opportunities are provided, the degree of income disparity among farmers is quite small, the resource restriction is moderately problematic, and the irrigation game is linked to a variety of social exchange games. In other words, communities that do not meet these conditions are likely to suffer from prisoner's dilemma and the management of local commons ends in a tragedy.


Personal Networks and Non-Agricultural Employments:
The Case of a Farming Village in the Philippines

加治佐敬 (国際開発高等教育機構)

Abstract

    This paper analyzes the effects of personal networks on rural villagers' access to non-agricultural occupations and the terms of employment given to them, based on an intensive village survey in the Philippines. A key finding is that personal networks are selectively utilized to reduce transaction costs and that their impacts on employment conditions vary by size and by location of enterprises. We find that when villagers are employed in unskilled work at small enterprises, those who use family/relative networks receive wage premiums. However, if we limit our sample to small enterprises located nearby our study village, the family/relative network premiums become insignificant presumably because of the over-riding influence of the community-wide network within a narrow local community. Contrary to the case of small enterprises, unskilled workers' wages at large enterprises are not much affected by personal networks but are largely determined by schooling years and work experience. The recent development of large scale enterprises in the Philippines shows the diminishing importance of personal networks at unskilled labor markets, reflecting the tendency that acquired ability through education and training is becoming more important than nascent characteristics like family/relative networks corresponding to economic and social modernization.


Plot-Specific Rainfall Risk and Farm Households' Risk Management in Mali, West Africa

桜井武司 (農林水産政策研究所)

Abstract

    The data collected in two villages in southwestern Mali from 2001 to 2003 include both farm household economic activities and plot-level rainfall measured by rain gauges installed in sample households' plots. Using this rarely available data set, it is confirmed that farmers pay self-insurance premium based on the expected plot-specific rainfall variation of one's own plot and that farmers who have experienced a lower level of rainfall than expected compensate ex post the income shortfall from other sources. Those findings imply that spatial rainfall variation even in a small area like a village is very large and that farmers' behavior to cope with the rainfall risk is also diverse accordingly. That is, "drought" defined at a regional level may not reflect correctly the situation of economic welfare of each household.


戦後日本農業における過剰就業の動学的調整過程

高橋大輔 (東京大学)

要 旨

 本報告は,戦後,特に高度成長期以降の日本の農業部門における「過剰就業(over-occupation)」,つまり「一つの産業における労働の限界生産力が,他の部門における労働の限界生産力にくらべて恒常的に低位にある」状態がなぜ発生するかを考察するものである。本報告は,市場賃金に対して農業労働の限界生産性が相対的に低位である状態は農工間の労働移動によって解消されうるものの,その調整過程で調整費用が発生するために調整にラグが生じ,その結果として過剰就業が発生すると考える。その上で,この認識を「調整費用の存在を考慮したストック調整過程」を表す動学的最適化問題として定式化することにより,労働投入の調整メカニズムを考察した。また,機械ストックの水準が労働投入に与えた影響を調べるため,労働だけでなく機械をも分析対象とした。

 パラメーターの推計結果に基づき実際の調整過程を検討したところ,現実の水準と長期に定常状態となる最適水準の乖離に対して,1年の間に行われる調整は機械で22%,労働で16%に過ぎないことが明らかになった。このような調整のラグは,ストック調整に伴う調整費用の影響によるものである。また,労働の現実の投入水準と最適水準の比較を行った結果,現実の水準は農区や規模に関わらずほとんどの期間で最適水準を上回っており,過剰就業の存在が実証的に示された。

 以上の分析から,調整費用に焦点を当てたモデルが日本農業のストック調整の実態と整合的であることが明らかになった。また,労働生産性の向上のために重要となるのは,調整費用を軽減することにより調整の速度を速め,現実の水準と最適水準の乖離を解消させることであることが政策的含意として示唆された。


直接支払,ゾーニングそして構造改善―ポリシー・ミックスの枠組み―

岡村誠 (広島大学)
渡邉正英 (京都大学)
飯國芳明 (高知大学)

要 旨

 本報告の課題は,構造改善を促進するための手段として注目されている直接支払制度とゾーニング政策を統一的な場で議論し,整合的な政策を設計するための枠組みを提示することにある。2つの政策手段のうち直接支払制度はこれまで構造改善の手段とみなされることはほとんどなかったが,日本においては構造改善手法が直接支払制度の設計の中核をなしつつある。一方,ゾーニングはその厳密な運用が構造改善を促す決め手であるとする議論が近年になって高まりをみせている。そこでは,いわゆる農振農用地からの指定除外が優良農地における転用収益への期待を生み出し,農地売買や農地の長期貸付を阻んでいるとされる。

 構造改善を促進すると考えられるこの2つの政策は,従来別々の次元で議論され,両政策の競合性や補完性について論じられることは皆無に近かった。そこで,本報告では日本型直接支払制度と構造改善の関係をモデル化するとともに,ゾーニングによる転用利益の期待形成過程を定式化し,両政策のポリシー・ミックスがもたらす帰結の予測や最適設計を可能にするための枠組みづくりを試みる。


酪農設備投資のリアル・オプション分析:
フリーストール・ミルキングパーラー方式を対象として

桟敷孝浩 (北海道大学)

要 旨

 本報告の目的は,岩手県酪農を対象として,リアル・オプション理論を適用し,現金利益の不確実性および投資の不可逆性といった投資環境下にあるフリーストール・ミルキングパーラー方式(以下,「FS-MP方式」と言う。)への最適投資水準を,NPVとの比較の上で明らかにすることである。

 我が国の酪農において,つなぎ飼い・パイプライン方式からFS-MP方式を導入することで,一戸当たり飼養頭数の拡大を図ろうとする動きが見られる。その一方で,多額の設備投資を要することが最も大きな問題点として挙げられる。そのため,酪農家にとっては,事前にFS-MP方式導入における投資の経済性を,慎重,かつ適切に判断することが重要な課題である。

 これまで,設備投資の意思決定基準として, NPV(正味現在価値)が適用されてきた。しかし,NPVは現実の投資環境と乖離しており,最適な投資水準にならないことが指摘されている。それは,具体的に次の3点である。第1に,通常NPVでは現金利益を一定と仮定して推計されるが,実際には投資からの現金利益は不確実性を有する。第2に,投資を一度実行すると投資額の全てを回収することができず,投資は不可逆性を有する。つまり,投資の初期費用がサンク・コストとなる。第3に,NPVでは今投資を実行するのか,あるいは投資しないという判断しかなされない。しかし,投資のタイミングにはある程度の自由があり,将来に関してより多くの情報を得るために投資を待つことができる。これら現実の投資環境下で最適な投資水準を明らかにするには,リアル・オプション理論に基づく分析が有効である。

 本報告では,岩手県酪農に関する既存研究より,経産牛40頭規模のつなぎ飼い・パイプライン方式から経産牛60頭規模のFS-MP方式への転換投資を想定した。モンテカルロシミュレーションによる推計の結果,従来の評価基準であるNPVでは,現金利益の期待値が最適投資水準の臨界値を超えており,FS-MP方式への投資は妥当と判断された。しかし,リアル・オプション理論の評価基準では,最適投資水準の臨界値が非常に高く,FS-MP方式への投資は妥当と言えず,FS-MP方式への投資を延期すべきと判断される結果が得られた。

 さらに,次の3点が定量的にも明らかとなった。第1に,現金利益の不確実性が高くなるほど,投資を待つ価値は高くなる。そのため,リアル・オプション理論に基づく最適投資水準の臨界値は,NPVのそれとはさらに乖離する。第2に,投資額が高いほど,投資の実行に対して慎重となる。そのため,リアル・オプション理論に基づく最適投資水準の臨界値は,NPVのそれとはさらに乖離する。第3に,割引率が大きくなると,将来の現金利益よりも現時点に近い期間の現金利益が重要視されるため,リアル・オプション理論に基づく最適投資水準の臨界値とNPVのそれとの差は小さくなる。


Revisiting Income Elasticities in Food Demand from an Age Perspective

森宏 (ニューメキシコ州立大学客員教授)
石橋喜美子 (中央農業研究センター)

要 旨

 個人の食料消費は年齢および属する世代によって変異することが知られている。世帯データを用いて横断面的に,あるいは時系列的に所得弾力性を計測する際,単に世帯員数で割ったper capita dataを用いるとバイアスを生ずる恐れがある。伝統的には "adult-equivalence scales"をモデルに導入する仕方があるが,一般にa prioriな情報がないし,成人の間でも世代によって大きく変わるケースが知られる。横断面分析では,家計調査の個票データを世帯主の年齢と世帯員構成によって仕分けし,類型別に所得弾力性を計測し,良好な結果を得た(仕分けしない場合,豚肉は有意にプラスの値,果物はゼロないし負の値だが,仕分けすると,前者はゼロ周辺,後者は有意に正の値)。時系列分析では,世帯主年齢階級別データから中村のベイズ型コウホートモデルによって,年齢効果と世代効果から分離した純粋の時代効果を導出し,これを対象期間の所得と価格に回帰させ, "age-free" income-elasticityを計測した。年齢要因の補正を行わない時系列回帰では,果物は著しく下級財であるように計測されるが,われわれの結果では,果物は有意に上級財であるらしいことが示唆される。


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