2012年度春季研究会報告要旨


Reconsideration of Buffer Stock Hypothesis: The Case of Zambia

Ken Miura (Graduate School of Economics, Hitotsubashi University)
Takeshi Sakurai (Graduate School of Economics, Hitotsubashi University)

Abstract

    This study re-examines the buffer stock hypothesis regarding livestock by taking into account differences in wealth level, asset types, and periods after a shock. This paper takes advantage of a unique panel data set of agricultural households in Southern Province, Zambia. The data were collected by weekly interviews of 48 sample households from November 2007 to December 2009, covering two crop years in which an unusually heavy rainfall event took place. If we consider delayed responses to the heavy rain shock, our econometric analyses support the buffer stock hypothesis for cattle as well as small livestock. Overall, this paper suggests that conventional annual data sets used by existing literature may miss the period-dependent transactions of assets after a shock.


国際貿易空間均衡モデルのマクロ貿易政策:シミュレーションモデルへの一般化

川口雅正 (九州産業大学経済学部)

要 旨

1.研究目的
 国際貿易空間均衡モデルは、現実の複雑な貿易諸制度を考慮に入れて、国際農畜産物市場の分析を行うための実践的なモデルであるが、部分均衡モデルであり、経済全般への影響を考慮しえない。そこで本研究の目的は、実践的な分析モデルとしての長所を保持しつつ、経済全般への影響を可能な限り考慮しうるように、国際貿易空間均衡モデルを「マクロ貿易政策シミュレーションモデル」へと拡張することである。目指すモデルは短期的ないし中期的均衡を分析するためのものであり、長期的均衡を分析するためのものではない。

2.研究方法
 <二つの部分モデル(「国内モデル」と「空間モデル」)の作成> @短期ないし中期モデルの一定の前提条件の下で、各国ごとに、一定の貿易を与件とする産業連関表を利用した国内マクロ均衡モデル(「国内モデル」)を作成する。A貿易政策と一定の外国為替レートを与件とし、財ごとに従来の国際貿易空間均衡モデル(「空間モデル」)を作成する。ただし各財の需要関数と供給関数は「国内モデル」に対応して一般化される。
 <二つの部分モデルの逐次更新利用による均衡解の計算(外国為替レートは固定)> B各国ごとに「国内モデル」の均衡解を求める。C財ごとに、その財の各国における価格・供給量・需要量および各国間の貿易量を変数とし、その他の変数の値を上記Bの均衡解の値に固定し「空間モデル」による各財の空間均衡解を求める。D上記Cで得られた各財の均衡貿易量を新たに現在の貿易状況としてBへ戻り、同様の計算を繰返す。
 <一定の外国為替レートを与件とした均衡解> 上記Bの均衡解と上記Cの空間均衡解は計算過程で変化するが、その変化が収束しもはや変化しなくなった時に、一定の外国為替レートを与件としたこのモデルの均衡解が得られる。
 <均衡外国為替レートと均衡解> 一定の外国為替レートを与件としたこのモデルの均衡解の下で、各国の外国為替市場の均衡が達成されているとは限らない。何らかの方法で外国為替レートを修正しつつ上述の計算を繰返し、外国為替市場に関する一定の前提条件の下で、各国の外国為替市場の均衡が達成された時に、このモデルの均衡解が得られる。この均衡解は、国内のマクロ均衡、国際貿易空間均衡、及び外国為替市場の均衡を共に満たす。
 <貿易政策等のシミュレーション分析> 貿易政策等の変化による、このモデルの均衡外国為替レート及び均衡解の変化を、比較静学的に分析することによって、貿易政策等の変化のマクロ的影響を分析する。

3.研究成果と今後の課題
 モデルの前提条件に関する詳細な考察を行い、その条件の下で「国内モデル」を構成した。我国の1995年産業連関表の13部門生産者価格評価表・投入係数表を利用して、国内モデルの事例分析を行い良好な計算結果を得たが、紙数の制限のため、詳細は省略した。次に単純化された2国2財の場合の「空間モデル」の均衡外国為替レートと均衡解を図解法で求め、良好な計算結果を得たが、その概要のみを示した。図解法の従来の代数的解法への変換とより現実的な分析は今後の課題である。なお、作成した計算プログラムも省略した。


農業保護に傾くタイの政策動向―コメ政策と国際市場との関連―

小林弘明 (千葉大学)

要 旨

 目覚ましい経済発展を遂げているタイは、近年ではASEANの盟主として自由貿易協定や地域経済連携にも熱心な対応を見せ、またGATT/WTOの場でも一定の存在感を示している。農業は高い国際競争力を誇り、長い間主要な輸出産業として位置づけられてきた。しかしかつて本間正義教授と速水祐次郎教授の研究が提起したように、国の経済が高度に発展する段階になると、産業政策が農業保護的になるという道筋を、近年のタイもまた歩みつつあるように見える。
 本報告では、特に農産物需給への影響という視点から、近年における主要な農業政策を概観する。近年における注目すべき政策展開として、@2000年代に入ってから、出来秋における農家への資金提供を主要な目的としたかつての担保融資制度と呼ばれる政策が、支持価格による政府買い入れという市場介入を伴う生産者保護的な性格を強めたこと、A200812月の政権交代に伴って、同制度は2009/10年産から、いわゆる不足払い政策に分類される農家所得保証政策と呼ばれる制度に置き換わったこと、B農家所得保証政策における保証基準価格は歴史的に見られた市場価格よりもかなり高く設定され、膨大な財政負担を生むことになったこと、C20118月の再度の政権交代により、一段と高められた融資単価のもと担保融資制度が復活した点、D国際市場との関連、などについて考察した。
 ここ10数年の動きをやや長期的な視点から見るならば、政権交代や頻発する政治的混乱にもかかわらず、タイの農業政策はほぼ一貫して生産者保護的な性格を強めつつある。この限りで、タイの農業政策の動向は本間・速見理論をなぞっているともいえる。しかしながら、現実の有り様をつぶさにみると、本理論の想定にはさらに一つの要素を加える必要性を感じる。それは今やわが国を含む世界の趨勢ともいえる民主主義のポピュリズム化であり、タイの農政はもはや経済政策の範疇を超え、政策としての持続可能性に疑問を持たざるを得ない状況に思える。


中国農業の選択的拡大―フロンティア産出距離関数による効率性分析―

伊藤順一 (京都大学)

要 旨

 中国では経済成長や都市化,グローバリゼーションの進展により,近年食生活に構造的な変化がみられる。このような状況下で農業所得を最大化するためには,消費パターンにあわせて,国内の作物構成を変化させる必要がある。本研究では産出距離関数を推計し,作物構成の経済合理性を検討した。計測された配分効率性は穀物生産量が野菜・果物に比べ,相対的に過剰であることを示しており,その傾向は生産補助政策がスタートした2000年代央から顕著となった。また同政策は技術効率性をも低下させる効果をもつ。つまり,政策に誘導された要素投入の増加は,生産フロンティアと農業収益を最大化する作物構成からの乖離を助長する。


誰が天候インデックス保険を買うのか:ザンビア農村における販売実験

三浦憲 (一橋大学大学院経済学研究科)
櫻井武司 (一橋大学大学院経済学研究科)

要 旨

 本稿は、家計が抱える天候リスクが天候保険の需要に及ぼす影響を実証的に検証する。そのため、ザンビア南部州で2007年から2011年の期間に計測された圃場レベルの降雨量データと201111月に実施された天候インデックス保険の販売実験データを結合して分析を行った。分析結果は、保険購入量は家計が過去に経験した降水変動と負の相関関係にあることを示した。このことは、降水量の変動を経験した家計は基準となる測候所の降水パターンと一致しない確率が高いため、旱魃被害を受けても保険金を受け取れないというリスク(basis risk)が大きいと認識したことを示唆する。本稿で得られた結果は、降水変動リスクが高い家計は、それに起因する所得変動のリスクを事前に保険するインセンティブを持つために保険需要はより高い、という標準的な予測に反する。故に、想定以上にbasis riskの存在が保険購入の障壁となっていたと結論付けられる。また、保険契約を正確に理解していた個人やリスク愛好的な個人において、保険への需要が高かったことも明らかとなった。


Incentives and Social Preferences in a Traditional Labor Contract: Evidence from Rice Planting Experiments in the Philippines

Jun Goto (University of Tokyo)
Takeshi Aida (University of Tokyo)
Keitaro Aoyagi (University of Tokyo)
Yasuyuki Sawada (University of Tokyo)

Abstract

    This paper investigates the interplay between economic incentives and social norms in formulating rice planting contracts of the Philippines. Intriguingly, in our study area, despite the potential of infestation of opportunistic behaviors by workers, a fixed wage (FW) contract has been dominant for rice planting since the 1960s. To account for such a seemingly-inefficient contractual arrangement, we conduct field experiments by randomly assigning three distinct labor contracts, i.e., FW, individual piece rate (IPR), and group piece rate (GPR) contracts. Individual workers' performance data from field experiments are then combined with data on social preferences elicited by laboratory experiments. Five main empirical findings emerge. First, our basic results show the positive incentive effects in IPR, moral hazard problems in FW, and free-riding behavior in GPR, which are consistent with standard theoretical implications. Second, while, under FW, social preferences such as altruism and guilt aversion play an important role in stimulating incentives, introducing monetary incentives crowds out such intrinsic motivations. Third, other non-monetary factors such as self-selection of team members and social connections significantly change incentives under FW contract. Fourth, as alternative hypotheses, our empirical results are consistent with the hypothesis of intertemporal incentives arising from performance based contract renewal probabilities. Our results are also supportive to implications of the interlinked contract of labor and credit transactions in mitigating moral hazard problems. Yet, we reject the optimality of FW contract due to large effort measurement errors.


従量課金制の節水インセンティブの検証:フィリピン灌漑稲作における社会実験調査

横山繁樹 (国際農林水産業研究センター)
加治佐敬 (国際稲研究所)
宮ア達郎 (筑波大学)

要 旨

 近年、淡水は世界的に希少資源となりつつある。灌漑稲作は世界全体の淡水資源量の1/4から1/3を消費している。技術的には、アジアで一般的な常時湛水に比べて15-30%は収量を減らさずに節水することが可能であり、土壌を好気的状態に維持することで、水田からの温室効果ガスであるメタン発生量を大幅に減らすメリットもある。しかし、現行の重力灌漑システムのほとんどは面積に応じた課金制度が採用されており、農家に節水インセンティブがない。筆者らはJIRCAS-IRRIプロジェクト「節水灌漑技術普及の社会経済的条件解明」の一環として、フィリピン、ボホールにおいて従量課金制導入の社会実験調査を2008-11年に実施した。目的は、1)従量課金制度の導入が水利組合レベルで節水努力を促進したか、2)節水技術(間断灌漑)の技術研修が農家の効率的な水利用に寄与したか、の検証である。暫定的な調査結果から以下のことが明らかになった。第1に、従量課金制を導入した水利組合はそうでない組合に比べて灌漑取水量が減少した。第2に、技術研修も経済インセンティブとは独立に効果が認められた。第3に、農家の努力によって節約された灌漑水は水利的に不利な下流域に多く配分されることで、灌漑システム全体として水の利用効率と公正な水分配に結果した。


カンボジア農村における子供の健康と教育―パネルデータによる実証分析―

三輪加奈 (釧路公立大学)

要 旨

 本報告の目的は,開発途上国のひとつであるカンボジアの,特に貧困問題が深刻な農村部での子供の健康と教育に焦点をあて,カンボジア農村で実施した家計調査により収集した独自のパネルデータを用いてその関連性について検証することである.
 幼児や子供の健康を考えることは,それがその後の成長に大きな影響を与え,教育や健康といった人的資本(human capital)の形成・蓄積の基礎となることから非常に重要である.特に開発途上国における子供の健康の改善や教育水準の向上は,将来の経済成長や持続的発展にとって,また,開発の最終目標である貧困削減にとっても大きな意味をもっていることから,人的資本である健康と教育との関係を明らかにすることは,人的資本の形成・蓄積やひいては貧困の削減に重要な示唆を与えるものと考えられる.子供の健康と教育の関係を考察した先行研究において,子供の栄養不良がその子供の教育に対してマイナスの影響を与えていることが明らかとなっている.また,その関係を検証するにあたり1時点・期間のクロスセクション・データによる分析では推定量にバイアスが生じうること,一方,分析にパネルデータを用いることでその問題は回避でき,より正確な分析結果が得られることが指摘されている.
 そこで,2006年と2011年に,カンボジア農村で実施した調査のパネルデータを用いて分析を行うことで,これまで子供の健康と教育に関する実証研究が十分に蓄積されていないカンボジアにおいて,新たな知見を提示することが可能となると考える.本研究では,子供の健康を測る指標に「年齢別身長zスコア」を,教育を測る指標には「現在の学年」と「(当該年齢に対する)学年の遅れ」の2指標を用いる.実証分析の結果,カンボジア農村に居住する子供の現在の学年と学年の遅れの程度で測った教育指標に対して,その子供の過去(幼少期)の栄養状態のよさが正の影響を与えているという結論が得られた.


人口急変社会における需要弾力性の計測

森宏 (専修大学)
三枝義清 (元都立大学)
John Dyck (米国農務省)

要 旨

 生鮮果物や鮮魚の個人消費は、大人と子供の間だけでなく、成人のなかでも20-30歳代の若年層と40-50歳代の中年層、さらには60歳以上の高年層の間で顕著に相違することが知られている。また魚や肉類などについては、狭義の年齢階級だけでなく、世代間でも消費性向が大きく異なっている(石橋、2007;秋谷、2007など)。他方わが国人口構造は、急速に少子・高齢化している。
 単純なper capita消費量の時系列変化は、人口構造の変化を含んでいるから、需要分析にデモグラフィック要因を取り入れないと、正しい価格・所得弾力性の計測はできない。手軽に時間ダミーを組み込めば推計結果はかなり改善されることが知られているが(立花・上路、2004MoriStewart2011など)、人口変化は一方向の高齢化に留まらず、複層の世代交代を伴っていることが多い。
 われわれは、『家計調査』の世帯主年齢階級別データから、世帯員個人の年齢別消費を導出し、通常のコウホートモデルによって個人消費を年齢/時代/世代効果に分解し、年齢と世代効果を補正した純粋の時代効果を、価格と所得に回帰させて、「age-free」の経済弾力性を計測した。さらに、伝統的な年齢/時代/世代コウホートモデルに、価格と所得変数を組み込んで、いわば「one-step」で価格と所得弾力性を推計した。分析したのは、生鮮果物、生鮮野菜、さらには個別商品のりんご、バナナ、ワインや豚肉を含むが、本報告では果物のケースを取り上げる。 果物の平均消費量は、「若者の果物離れ」によって顕著に減っているが、per capita 消費を価格と所得に回帰させると、価格弾性はプラス、所得弾性は大きくマイナスになる傾向がある。時間ダミー、Tを加えると、計測結果は向上するが、それだけで9割がた説明されてしまい、経済変数の影が薄くなる。その点、コウホートモデルによって年齢・世代効果を補正した時代効果を従属変数におくと、より常識的な結果がえられた。コウホートモデルに経済変数を組み込んだ「拡大コウホート」モデルでも、同様の結果が推計された。


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