材料・施工分野の魅力・役割・貢献 (小特集 学の系譜と変遷)

農業土木学会誌 Vol.67/No.4,1999

T.はじめに

  農村空間を開発・整備・管理する農業土木関連事業においては,“ものをつくる”という項目が少なからず含まれる.農業土木関連事業における“もの”とは何であるかというと,かんがい排水,圃場整備,農道整備,農用地造成,干拓,農地保全,農村環境整備などの目的のもとに構築される施設や構造物である.図−1に農業土木関連事業で構築する施設や構造物を示す.

灌漑・排水施設,農道,トンネル,

貯水構造物,取水構造物,水路,

水管理施設,地すべり防止施設,

鋼・コンクリート橋,各種基礎構造物,

営農飲雑用水施設,集落排水施設,

農村公園など

図−1 農業土木関連事業で構築する施設や構造物

 図−1に示した施設や構造物を合理的に設計・施工するためには,材料や施工法の選定を適切に行う必要がある.適切な選定とは,材料や施工法がもつ特徴を十分に理解した上で,技術的実行可能性や経済性を踏まえてなされる選定のことである.特に,農業土木関連事業では,受益者負担がともなうために,経済性は十分に検討されなければならない.また,近年,農村空間に構築される施設や構造物には,自然環境との調和が強く望まれていることから,これを踏まえた選定も必要である.
 これら施設や構造物を構築する上で必要になる材料や施工法,そして関連する基礎学を学術的に研究する分野として材料・施工分野が存在する.
 では具体的に,農業土木学における材料・施工分野は,どのような役割をもち,貢献しているのであろうか.また,学会員に対して現在どのような貢献をしており,今後しなければならないのであろうか.著者が思う材料・施工分野の魅力を述べた後に,これらに対する見解を述べる.そして,最後に,農村空間に構築される施設や構造物に強く望まれている自然環境との調和についても見解を述べる.
 著者の短い研究経歴からでは,材料・施工分野における過去・現在を的確に把握し,将来がどうあるべきであるのかを断言することはできない.しかし,このような立場の人間が農業土木学における材料・施工分野をどう理解し,どのような思いをもって研究を行っているのかを本文の中から読みって頂ければ幸いである. 

U.材料・施工分野の魅力 

 材料・施工分野に対する魅力の感じ方は,人それぞれであるため,アンケート調査などを実施しなければ総論を述べることはできない.そこで,本章では,著者が思う材料・施工分野の魅力について述べる.

1.コンクリートの魅力

 土木材料には,天然産のものだけでなく人工のものも多数ある.天然材料では木材,石材,天然アスファルト,天然樹脂など,人工材料では鉄鋼材料,非鉄金属材料,粘土製品(れんが,土管),セメント(コンクリート,コンクリート製品),歴青材料,高分子材料(プラスチックなど),塗料などである例えば1)2)
 これらの土木材料の中で最も使用頻度が高いのは,コンクリートである.著者がこれまで研究対象にしてきた材料がコンクリートであることも踏まえ,コンクリートがもつ魅力を以下に述べる.
 コンクリートとは,砂利・砂などの粒状体(骨材)を水硬性のセメントと水からなる結合材(セメントペースト)と混合して練り,硬化結合させた複合材料である.その歴史は古く,紀元前7世紀頃には,石灰石をベースにした結合材を用いてコンクリートに類似するものが使用されていた.
 コンクリートが古くから使用され,現在においても使用頻度が最も高い理由は,コンクリートが形状や寸法に制限がなく,強度の調整ができるなど,他の土木材料にない特徴を有しているからである.また,近年においては,コンクリートが複合材料であるという特徴を活かし,コンクリートを構成する材料の一部として産業副産物を用い,資源の有効利用をはかっていることもその要因の一つとして上げることができる.
 コンクリートは複合材料であることから,その特徴を十分に発揮させるためには,材料となる骨材やセメントなどの特性を見極め,適切に配合しなければならないという難しさをもっている.しかし,複合材料であるが故に,さまざまな材料を組合わせるパズル的面白さも同時に合わせもっている.
 コンクリートの魅力とは,材料の前に付く複合の二文字ではないかと思う.
 また,コンクリートを構成する材料は,地域に関係なく入手できることから,地域に限定されずに実験することができる.この点も研究者から見たコンクリートの魅力である.

2.施工の魅力

 図−1に示した施設や構造物は,施工完了後に直接目にすることができるものである.しかし,これらの施設や構造物を構築するためには,その場所を確保し,安定させるための土工や基礎工が必ず行われる.また,施設や構造物は,単独で利用され機能するものは少なく,系として,あるいは周辺設備や付属施設との関連の中で利用され機能するものである.そのため,それぞれの施設や構造物で必要とする施工法だけではなく,幅広い分野の施工法を少なからず知っておく必要がある.山海堂発行の土木施工法講座全26巻を参照して具体的に述べると,土工,基礎,道路,鋼橋上部構造,コンクリート橋,橋梁下部構造,長大橋,河川工事,河川構造物,ダム,砂防・地すべり防止・急傾斜地防止,上水道,下水道,空港,トンネル,特殊構造物,コンクリート,鉄筋コンクリートなどである.
 施工の難しさは,一連の工程を含めた全体像を見通して,それぞれの項目を複合的に検討することである.また,この一連の工程の中で発生した事象に対して,case by caseで臨機応変な対応が求められることである.
 一方,施工の魅力は,自分が携わり構築した施設や構造物が,それぞれの機能を発揮して役立っている状況を将来に渡り見られることであろう.また,一般の人々は見ることのできない部分,つまり土に埋まっている部分やコンクリートに覆われている部分を,当事者だけが現状から想像することができる.これもまた,当事者にしか味わえない魅力ではないかと思われる.
 施工に携わる方々は,計画・設計・積算・発注する国,県,市町村,土地改良区や公団,設計を提案・支援するコンサルタント,そして施工を担当する建設業など多数いる.それぞれの立場で施工に携わり,思い入れもそれぞれであろうが,感じる魅力は同じではないかと思われる. 

V.材料・施工分野の役割と貢献

1.農業土木学の中での役割と貢献

 農業土木学会論文集における投稿分野表を見てみると,水理,水文・気象,土壌物理,土質力学,応用力学,材料・施工,潅漑排水,農地造成・整備・保全,農村計画,環境,海外事情・情報処理・その他の11分野が上げられており,材料・施工分野は11分野の中の一つである.
 一見,図−1に示した施設や構造物は,全て材料・施工分野での対象項目のように思われるが,実際はそうではない.例えば,潅漑・排水施設は潅漑排水分野,農地保全施設は農地造成・整備・保全分野,営農飲雑用水・集落排水施設は農村計画分野で対象項目に上げられている.それぞれの施設や構造物の必要性,構造形態,配置などは,関連する分野で検討される.
 紙面やパソコンの画面上でそれぞれの施設や構造物の存在を仮定し,さまざまな検討を行うことは可能である.しかし,これらの検討は,紙面やパソコンの画面上に描かれた施設や構造物が施工可能であるという評価が下されなければ現実的な意味をもたない.また,現実の施設や構造物の耐久性,機能性が仮定と一致しなければ,机上の検討結果は現実性をもたないことになる.
 現実性は,“つくる”という作業無しでは得ることができない.材料・施工分野は,この“つくる”という作業を担う分野であり,“つくる”のに必要な材料や施工法,そして関連する基礎学を学術的に研究する研究者集団である.また,各分野で検討された施設や構造物を机上から農村環境へ誘い導く技術者集団でもある.
 つまり,農業土木学における材料・施工分野の役割は,現実性を直視して“つくる”ことを合理的に検討し,その結果を農村空間に構築される施設や構造物に反映させることである,と著者なりに考えている.

2.学会員に対する貢献

 農業土木学会誌第65巻第12号に,資料・情報委員会がまとめた「論文・報文および講演要旨からみた研究動向」という記事が掲載されている.これは,平成6〜9年度の学会誌,論文集,大会講演会,支部講演会において各分野の掲載数を調べたものである.
 材料・施工分野はどのような状況であるかというと,表−1に示すようにどれにおいてもかなり少ない.特に学会誌においては,全掲載数の1.6%であり,材料・施工分野を研究する者として悲しくなる数字である.ところが,支部講演会になると全掲載数の9.5%もある.また,部会の会員数になると,材料施工部会の会員数は 520名であり,農業水利部会(会員数 1,350名),畑地潅漑部会(会員数 521名)に継いで3番目の規模を誇っている.

 表−1 平成6〜9年度における材料・施工分野の掲載数

 

材料・施工分野掲載数

全掲載数

割合(%)

学会誌(報文・講座)

7

428

1.6

論文集(論文・報文)

22

396

5.6

大会講演会

68

1321

5.1

支部講演会

144

1513

9.5

 学会誌や論文集に掲載される論文や報文については,各分野の研究者数に関係していることから,一概に悲観的になる必要はないが,支部講演会の掲載数や部会の会員数が多い理由はどこにあるのであろうか.
 支部講演会に出席された方は,施設や構造物の施工事例,そしてその計画概要の報告が多いことを少なからず感じたことがあると思う.これは,公費を投じてなされる農業土木関連事業に携わる国,県,市町村,土地改良区や公団,コンサルタント,建設業などの方々が,実務として扱っている施設や構造物の内容を報告している結果である.
 施工計画を行う上で生じる技術的問題や実際の現場で起こった問題の対処・解決方法は,実務に携わる方々にとって必要不可欠な情報である.これを提供し,得る場として手軽に出席できる支部講演会が活用されているのだと思われる.また,部会の会員数においても同様な理由から上記のような結果になっていると思われる.部会の活動と会員数を見る限り,材料・施工分野の学会員に対する実際の貢献度は,表−1に示した掲載数の割合以上に大きいものであると思われる.
 ここまでで,材料・施工分野に携わっている人達は,研究者以外に多数いる現状を知って頂けたと思う.また,これらの方々が,学術的研究の成果だけでなく,直面している問題の対処・解決方法のヒントを学会から貪欲に得ようとしている現状も知って頂けたと思う.
 実務者サイドは,問題解決に結びつくさまざまな情報を欲している.学術論文として研究者サイドでは認知されにくい調査・実験データであっても,実務者サイドが欲しているデータは多々あると思われる.これらの情報を実務者サイドに如何にして提供するかは,学会誌だけでなく,大会講演会や支部講演会での発表内容を含めて,研究者サイドが考えなければならない問題ではないかと思う.

W.自然環境との調和 

 本章では,近年,農村空間に構築される施設や構造物に強く望まれている自然環境との調和について見解を述べる.
 食糧生産の基盤を開発・整備する行為は,古来より行われており,弥生時代後期に長大な人工水路(奈良県纏向遺跡)や巨大な堰(愛媛県古照遺跡),古墳時代中期及び後期に河川の付替え(京都府久津川車塚古墳周辺),奈良時代には溜池の築造がなされた3).これらは,時間の流れとともに自然に溶け込み,現在の我々は,これらを自然環境の一部として受け入れている.
 しかし,現代においては,科学技術の急速な発達を背景に,人間は自然が受け入れられない以上の開発・整備を行ってきた.人間が自然に手を加える行為自体が自然破壊に相当するという意見もあるが,自然と共存することを目的に開発・整備を行えば,自然は人間が行った開発・整備を受け入れてくれるのではなかろうか.自然が受け入れる開発・整備を模索する術は,自然が受け入れてきた開発・整備を知ることではないかと思う.それらの開発・整備のノウハウを現代に利用するための検討を行い,人類の英知を結集して開発・改良されてきた材料・施工法をもって合理的になされる開発・整備こそが,これから必要になるのではないかと思う.
 これからの農業土木関連事業では,自然環境との調和を含めた環境保全型を基本方針として行われるケースが多くなる.先にも述べたが,材料・施工分野は,研究者集団でもあり,各分野で検討された施設や構造物を机上から農村環境へ誘い導く技術者集団でもある.自然環境との調和をはかれるかどうかは,現実性を直視して“つくる”を担う材料・施工分野の貢献如何ではないかと思う.

X.まとめ

 農業土木関連事業においては,数多くの施設や構造物が構築される.これら施設や構造物を構築する上で必要になる材料や施工法,そして関連する基礎学を学術的に研究する分野として材料・施工分野が存在する.
 材料・施工分野の魅力とは何であろうか.農業土木学の中でどのような役割をもち,貢献しているのであろうか.学会員に対してどのような貢献をしているのであろうか.また,農村空間に構築される施設や構造物に強く望まれている自然環境との調和は,どのようにすればよいのであろうか.これらは,農業土木関連分野を研究・勉強している学生が少なからず知りたいことではないかと思われる.
 著者の知識と経験でこららの内容を的確に紙面を通して伝えられたかどうかは疑問であるが,著者なりに自問自答し,その中から出てきた見解を述べさせて頂いた.説明不足であったり,誤った見解なども多々あるかもしれないが,学生には,材料・施工分野の魅力,そして農業土木学における役割と貢献を本文を通して少しでも認識して頂ければ幸いである.

参考文献

1) 小宅習吉:改訂土木材料,コロナ社,pp.1〜3 (1979)
2) 西村 昭:最新土木材料,森北出版,pp.1〜2 (1975)
3) 都出比呂志:日本農耕社会の成立過程,岩波書店,pp.9〜99 (1989)


書き物

研究業績