2001年度秋季研究会報告要旨


中所得国段階の農業問題

神門善久 (明治学院大学)

要 旨

 農業問題の変化を経済発展段階と関連づけて議論したものとして、速水佑次郎「農業経済論」(岩波書店、1986年)における、食料問題と農業調整問題の対置がある。すなわち、発展途上国の多くでは工業化のために農産物価格抑制や農業への重課によって農業が搾取される一方、食料への需要は所得増とともに上昇する。したがって、「低価格での農産物供給」(速水はこれを「食料問題」と定義している)が最大の農業問題になる。他方、先進国では食料需要が飽和する一方、農業から他産業への資源移動が遅れる傾向がある。先進国では農家の政治力が強いため、「農家の相対所得の低下防止」(速水はこれを「農業調整問題」と定義している)が最大の農業問題になる。

 本報告は、速水の枠組みの発展として中所得段階の農業問題を考える。すなわち、万民が等しく貧しい低所得段階では農業問題と食料問題が同義であるのに対し、重工業化が始まる中所得国段階では食料問題と農業調整問題が交錯する状態になり、やがては高所得国段階に到達し農業調整問題へと純化されるという図式である。この図式の妥当性は、国際比較や日本の長期時系列比較によって裏付けることができる。

 中所得段階の政策運営は難しく、今日の新興国が重工業化を完遂できるかどうかをも左右する。明治以降の日本農業の経験が今日の新興国に対してどのような示唆を持つかを考える上でも、本報告で提示する枠組は有用であろう。

 なお、本報告は、速水佑次郎・神門善久『農業経済論(新版)』(岩波書店、近刊)をふまえたものである。


ベトナム農業の生産性の推移 --- Nonparametric Malmquist 生産性指数アプローチ ---

森下武三 (東京大学大学院)

要 旨

 1986年のドイモイ政策以降、ヴェトナム経済は目覚しい飛躍を見せている。農業分野においても、その総産出量は大きな拡大を示している。この間、東南アジアは世界的に高い成長を実現してきたが、その東南アジア諸国においても、ヴェトナム経済全体及び農業セクターの成長率は高い。

 本研究では、未だ人口の7割が従事するヴェトナムの農業分野に焦点を絞り、1986年以降の著しいアウトプット拡大の過程において、周辺東南アジア諸国との比較の上で、生産性の上昇が起きてきたかどうかを検証する。

 もし、東南アジア諸国との相対的な意味での生産性の向上を伴わないアウトプットの拡大であったなら、今後の相対的な成長は持続しない可能性が高い。収穫逓減が発生するからである。もし、その生産性の向上が確認されるなら、今後も成長が持続する可能性は高い。本研究は、ヴェトナム農業生産性の動向を把握することを通じて、東南アジア諸国との比較の上での、将来の相対的な農業生産性成長率の動向を予見する材料となろう。

 本研究では、ノンパラメトリックなMalmquist生産性指数及び総合生産性指数という2種類の方法で、ヴェトナム農業生産性の計測にアプローチする。

 Malmquist生産性指数は、非効率性を前提とするDistance functionに基礎を置くという点において、総合生産性指数と大きく異なり、非効率性の存在を前提としない新古典派的な生産理論とは違ったスタンスを取る手法である。本研究では、Malmquist生産性指数を線型計画問題から算出する。その意味で、他の方法によって算出する手法と区別して、ノンパラメトリックな手法ということになる。この指数の計測から、生産性、非効率性の度合い、最適投入量に対する余剰資源の割合、効率性の上昇率と技術革新の上昇率(これら2つはMalmquist生産性指数を分解することによって求まる)、という各点について、計測対象国の状況を明らかにする。一方、総合生産性指数は、アウトプットの加重和の変化率とインプットの加重和の変化率との比であり、ファクターシェアの適切さと技術効率性を仮定している。この指数からは生産性と同時に投入構造をも把握できる利点がある。両指数の計測から、1986年ドイモイ以降の経済発展の過程でのヴェトナム農業生産性の動向を明らかにする。


Coping Strategies and the Korean Financial Crisis

Yasuyuki Sawada (University of Tokyo)
Sung Jin Kang (University of Tsukuba)

Abstract

    The Asian financial crisis in 1997 had adversely affected many Korean households. This paper aims to examine how Korean households coped with the crisis. In doing so, we employ household-level panel data during 1995--98 and estimate a switching regression model of an augmented consumption Euler equation with endogenous credit constraints. Five empirical findings emerge. First, households coped with the negative shocks by reducing consumption of luxury items, while maintaining food, education, and health related expenditure. Second, in 1997--98, there was a serious negative effect of the credit crunch at the household level. Third, for credit-constrained households, private transfers appeared to act as an ex post coping mechanism before the crisis, although the informal safety net seems to be collapsed after the crisis. Alternatively, constrained households used their assets to cope with the shock during the crisis. Finally, we do find public transfers to be an effective coping device for those who are credit-constrained before and after the crisis.

Keywords: financial crisis; credit constraints; risk-coping strategies; switching regression.


Measurement of Non Tariff Barriers to Trade in Goods: Estimating Tariff Equivalents for APEC Economies

Mitsuyo Ando (Keio University)
Takamune Fujii (Keio University)

Abstract

    In this paper, we analyze the impact of non-tariff measures (NTMs) on trade in goods by measuring tariff-equivalents in APEC countries. First of all, we calculate frequency ratios by the type of NTMs, and price differences between import price and domestic production price. Then, the price differences subtracted tariff rates are regressed by the frequency ratios in order to estimate price distorting effect of NTMs. Finally, using the estimated coefficients, tariff equivalents of each measure are obtained by industry in each country.


コウホート接近によるみかん消費の将来予測

田中正光 (日本リサーチ総研)
稲葉敏夫 (早稲田大学)
森宏 (ニューメキシコ州立大学)

要 旨

 若者の果物離れが一部の識者によって指摘されてから10年以上経過する。2000年の「家計調査」によると、例えば世帯主が20歳代の世帯(世帯員2.96人)と30歳代(3.60人)の果物消費はそれぞれ年間32.052.5キロに対し、50歳代(3.35人)と60歳代(2.68人)は、それぞれ116.6133.4キロで、世帯員構成の問題を置けば、若者は中高年者に比べ果物消費は著しく小さいように見える。

 わが国の年齢構成は急激に高齢化している。総人口に占める2030歳代の比率は1995年に27.6%であったが、2025年には20.4%に落ち、他方5060歳代のそれは24.5%から26.8%に高まると予想される(70歳以上のそれは9.4%から21.7%へ激増)。

 人の食料消費は、時代の変化とともに変化する。所得や価格などの経済効果と、「西欧化」とか簡便化・健康志向などがそれで、これまでの主たる研究対象であった。年齢構成の変化の問題は日常的な会話に上る割には、データの制約もあってか計量的な分析に乗せられることが少なかった。

 商品によるが、個人の食料消費は生理的・社会的な要因により加齢とともに変化する。老齢化すると所要エネルギーが低下し、米や動物性蛋白の消費が減る。他方果物や茶などの消費は増えるかもしれない。しかし現代の子供や若い人たちはエネルギー源を他に求め、米の消費は老齢者に比べかえって少ないように見える。

 先の果物のケースに則して言えば、若いうちに(“Coming of Age”する前)、何らかその世代に共通すると考えられる理由で果物を余り食べない習慣がつけば、その後加齢しても現在の老齢者ほどには果物を消費しないかもしれない。狭義の年齢効果に対する「世代効果」の働きである。

 個人の年齢別消費量の時系列データが相当期間与えられた時、その変化を年齢、世代と時代の効果に分けて捉えようとするのが、コウホート分析である。一般にはそれら3要素間の線形関係のため、「識別問題」が立ちはだかる。我々は統計数理研究所の中村隆の開発した、ベイズ型コウホートモデルでその問題の回避を図る。世代効果を無視する(USDASalatheほか)、時代効果をアプリオリ―に想定する(Attanasio; Blisard)などの接近もあるが、それぞれ問題がある。

 もしYitBAiPtCkeYiti年齢個人のt年における消費;Aii歳の年齢効果;Ptは年次t年の時代効果;Ckk番コウホートの世代効果;eは誤差項)のように表現できるとする。過去の年齢別個人消費データから年齢、時代、および世代効果を推計し、その上で将来某年における年齢i歳個人の推計消費量に、それぞれの年齢階層の人口ウエイトをかけて集計すれば、全体の消費の理論値が求められる。

 その場合、時代効果は未定なので、現在と変わらないと置くか、狭義の時代効果を外挿して求めることも考えられる。また幾つかの最若年齢層については、世代効果が推計されていないから、現時点の最若年齢層の世代効果をそのまま用いることは止むを得ないかもしれない。世代効果の傾向的変化が顕著であれば、時代効果の場合同様、外挿も考えられる。

 本研究はみかんを例に以上の考えを適用したものだが、今後の発展を願ったたたき台である。


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