家畜微生物学は、微生物が動物に病気を起こす仕組みを明らかにすること、またその病気の予防法を確立することを目的として、微生物の形態、生化学、分子遺伝学および免疫学的性状ならびに微生物と感染宿主との関係などを追求する学問領域で、基礎獣医学の範疇に属します。本教室では基礎、応用、臨床の区分にこだわらない広い視点をもって獣医学の発展に貢献するべく研究に取り組んでいます。
現在の主要な研究対象は、家禽に関連する細菌のサルモネラ菌および腸球菌(エンテロコッカス)です。サルモネラは動物やヒトの胃腸炎をおこす菌です。
1990年前後から欧米や我が国においてサルモネラによる食中毒の患者数が激増し、原因食品のほとんどが鶏卵やその加工食品であると考えられています。以来、サルモネラに汚染された鶏卵による食中毒の発生は減少することなく続いています。鶏卵がサルモネラに汚染される背景として、産卵鶏舎の汚染に注目し、本菌の生態学的調査を行っています。興味深いことに、鶏舎からは長期間に渡って同じサルモネラ菌が居座っていること、また、鶏が産出した卵から分離された菌が、鶏に与えられた飼料から分離された菌に由来することが明らかとなりました。さらに、産卵鶏の飼育形態が菌の動態に大きく影響することがわかってきました。これらの課題についてはアメリカの研究者と協同研究を行っています。一方、腸球菌も鶏とつながりのある菌のひとつです。本菌は本来動物の消化管内に棲息しており、病気を起こす力は強くありません。しかし、抵抗力が低下した動物、ヒトではこの菌がもとで病気になることがあります。腸球菌という名前を有名にしているのは、抗生物質、とくにバンコマイシンという薬に耐性(抵抗性)のある菌が出現したからです。そのひとつの理由として、鶏の発育を促すために与えられていた薬の中にアボパルシンというバンコマイシンに化学構造のよく似た薬が含まれていました。そのため、鶏の腸管内にバンコマイシンに耐性の腸球菌(
Vancomycin Resistant Enterococcus; VRE)が出現したといわれています。また、バンコマイシンはMRSA感染症の治療薬として使われていたこともVRE出現の理由と考えられています。現在ではほとんどの国でアボパルシンが使用されていませんが、いまだにVREが鶏群に存在し、ときに鶏肉を汚染していると思われます。そこで、本研究室では鶏肉からVREの分離を試みるとともにバンコマイシン以外の薬剤に対する耐性を調べています。また、本教室では、消化器疾患を起こす原因ウイルスとして重要なロタウイルスに関する研究が行われてきました。