食の安全と安心
皆さんは、HACCPやトレーサビリティということばを聞いたことはありませんか。
食品の安全と安心を区別する考え方があることはどうですか。
これらを聞いたことのない人でも、「BSE→米国からの牛肉輸入禁止→吉野家から牛丼がなくなる」といったことはご存じでしょう。BSEに感染した肉を食すると重篤な病に感染するというのですから、大問題となりました。同じ牛肉では、松阪牛、神戸牛と並ぶブランド牛として有名な近江牛の偽装の容疑で、ある家畜商が2005年5月に逮捕されました。
BSEは、人体の健康を害する危険性を有するという点で、食品の安全の問題に関わります。それに対して、近江牛の偽装では何が問題なのでしょうか。容疑者は「牛の個体識別のための情報の管理および伝達に関する特別措置法」という長ったらしい名称の法律に違反した疑いで逮捕されました。具体的にいうと、実際に滋賀県で飼育された期間は1ヶ月ほどしかなかったのに、それを11ヶ月と偽ったのでした。でも、BSEと違って、その牛の肉を食したとしても、人体には無害です。なぜ刑罰が科せられると定められているのでしょうか。それは消費者の信頼を害したことが刑罰に値すると評価されているのです。つまり食品に対する消費者の信頼を確保することが重要となっており、これこそが食の安心ということばでめざされているものなのです。
HACCPとはHazard Analysis Critical Control Point の略です。製品の安全を、製造過程を制御することによって達成しようとする仕組みです。トレーサビリティの仕組みは、ある製品がどういう経路で消費者流通してきたのかを示すものです。既にあげた長ったらしい法律は通称「牛肉トレーサビリティ法」と呼ばれています。前者のHACCPが、製品そのものに着目し、その製造過程の各段階から危険因子を除去しようとするのに対し、後者のトレーサビリティは、製品の履歴情報を示し、製品がきちんとした経路をたどってきたことを表示するのです。近江牛の偽装問題では近江牛と信じることができない消費者が出てきてしまうと、近江牛ブランドの価値がなくなることに対する反発があったわけです。
トレーサビリティの効能はこれだけではありません。2000年末にフランスでBSEで処分されるべき牛肉が販売されて、大騒ぎになりました。しかしこの仕組みの示す牛肉の履歴が正確でかつ完備していたおかげで、迅速に撤去されました。トレーサビリティシステムは、いざとなれば必要な情報が直ちに入手できることを保証するという効果を持っているのです。
HACCPやトレーサビリティが、期待された効果を上げるためには、その仕組みの設計がきちんとなされることも必要ですが、それを人々にきちんと守らせること(コンプライアンス)も重要です。法律的な技術がここに登場するわけです。
(大津 亨)